小林正観エピソード⑮~【魔界】からのお試し~
~悪役、小林正観くん!~
正観さんが何故こんなことになったか、もう少し考えてみないともったいない。
正観さんは人を苦しみから救う手助けをたくさんしてきた、
正観さんに感謝するひとがたくさん側にいた、
そこに集まる人は、少々正観さんを頼りがちで・・・
純粋な清らかなものに目が行きがちで・・・
ここですか。
- 2012年03月20日 00:35 /
Comment(6)
コメントありがとうございます
kazumi
第三者の、
ありきたりな例え、
本に書いてある正論、
そんなものは私には必要ありません。
何度も書いてありますが、優等生には意味のない記事です。
書いている意味は私の中にはありますが、あなたの中には
ないのです。お気づきください。
おばかで回りくどいうえに、オチがない・・・それが私です。
実践ジャーと言いながらも、どんな人でも受け入れられず
ご批判もしくはわかった風にもの申す・・・それがあなたです。
自己完結されていらっしゃらないようですね。
正観さんや、氏に携わる方々のご批判(私は批判のつもりが全く
ありませんが。)は気遣われていますが、私のようなおばかさん
に匿名でのご批判(あなたも批判のつもりがないならオアイコ)
は良いのでしょうか?
私たちには98点にいかなくても、落とし穴がありますね。
あなたの求めるオチなんて、何にもありませんから
どうぞ、ここで、さようなら。
- 2012年03月21日 14:02:00
松田優作
野次馬様へ
あなたも小林正観さんに完全にマインドコントロールされてますね(笑)
人格とパフォーマンスとは、本来別物?
例えば桑田啓祐の軽いノリの人格から好きになってサザンオールスターズのファンになった人も多数います。
矢沢栄吉ファンなんか、多分ほとんど人格からはいってますよ。
つまり、人格もパフォーマンスも含めてファンになるんです。
小林正観という教祖様がおかしい事をしたなら、それを問題だとは思わずに
つまり人格とパフォーマンスとは、本来別物と話をすりかえてしまう。
それこそ教祖様が望むところの思考停止のロボットでしょう。
金八先生の腐ったみかんの方程式でも、不良生徒役の加藤優がこういってます。
(俺が放りこまれた桜中学で最初に教わった事は良い事は良い、悪い事は悪いって事だった。)
小林正観さんの方程式【思いをもたない】でいくと、善悪の判断もできなくなります。
- 2012年03月21日 20:25:00
投稿ができた
ちょうど「ジッセンジャー」という言葉が通じる唯一の顔見知りと温度差を感じた話題でした。
その人は「実物がどうあれ、彼の教えは素晴らしいからなんとも思わない。感謝だけ」とのこと。
ぶれない信念、それはそれですごいと思います。
しかしそれだけあなたを導いた人物が堕ちるほどの魔のおためし、超えられる?と思います。そして私は超えられるだろうか?と。
何かを信じることと、信じすぎた自分への反省、目が曇らないようにと日々勉強は続きますね。
野次馬さんのおっしゃるような方がいるのかというのがここ数日の最大の?です。
私は、どんな表現者であれ、初めのインパクトはともかく魅力を感じ認めるのはその人本人です。
素晴らしい作品であればあるほど、感動し衝撃を与えるものであればあるほどその人の背負う背景やルーツ、困難に当たった時の意識、他者への配慮が気になりますし、そういうところが×な人ならば冷めるし覚めるし醒めるものです。パフォーマンスは薄っぺらな上っ面のかっこだけ。ばいばい。
正観さんのことを卑近な例にしますとまるで「自分は募金しないけど、募金はいいよ。あんたたち募金しなさいね」って諭す人のようでした。
松田優作さん「蘇る金狼」最高でした笑
- 2012年03月21日 23:58:00
kazuimi
松田優作さま
私も観ました「蘇る金狼」(笑)
金八先生の例えは、いいですね。
以前のコメントに対するお答え遅くなりましたが記事にさせていただきました[ありがとう1]
- 2012年03月22日 00:11:00
kazumi
投稿ができた様
コメント参加してくださるお陰で、多くの学びをいただきます。
自分とも他人とも真摯に向き合うあなたなら、魔のおためし、
超えられると信じられます。それは私にも勇気を与えてもらえる
こと。
心地良く弾む文章、またのお越しをお待ちしております[ラッキー]
- 2012年03月22日 00:23:00
野次馬
はじめまして、私は正観さんのお話が好きな一人です。
正観さんとは個人的な深い繋がりはありませんでしたので、
正観さん個人が好きというよりも、見方道などのお話のファンでした。
たとえが適切かは分からないのですが、
好きなアーティストがいる場合、そのファンの方々の大半は、
アーティスト個人が好きというより、その人の奏でる音楽だとか、
その人のパフォーマンスが好きなだけなのではないでしょうか。
好きなアーティストの人格に問題があるからといって、
その人のパフォーマンスまでが嫌いになるわけではありません。
(直接的に被害を受けた方は、そういう作品に触れるのも嫌なのかもしれませんが・・・)
つまり人格とパフォーマンスとは、本来別物。
正観さんでいうと、人格と、
書籍や講演でのお話・・・というものは、はっきり言って全くの別物なんです。
正観さんのお話に共感された人だけが、
見方道の実践ジャーとして生きていけばいいだけ。
(未だ私もその一人です)
失礼ですが、「裏切られた」という言葉は、
「依存していた」という言葉と同義語に聞こえてしまいました。
KAZUMIさんもここまで書かれたのですから、
まさか結果的に、その出来事ですら感謝の対象になった・・・なんてオチだったら、
正直ここまで書かれてきた意味が分からなくなります。
くれぐれも正観さんや、氏に携わる方々の批判の記事にならないよう、
KAZUMIさんの胸の内をとことん吐き出してくださいね。
では、また遊びに来ます。