あなた本気でスピリチュアルに生きたいのか?って話③ ~人生に迷走しているようで、あなたってこんな魂で意気込みすごいんですよね~
K様の魂の本質は、魂の成長に貪欲で、その貪欲さとは彼女にとって魂の不思議な飛躍の仕方を求めるということであって、地道な”日常からの気付き”を求めることではないのです。そのため、彼女の人生においてスピリチュアルなもの以外は全て、おまけに過ぎないと言っていいほどです。それは言い過ぎだと言われるのであれば、それ以外のものは彼女のスピリチュアルな生き方を応援するもの、と言いかえてもいいでしょう。
様々なスピリチュアルごとに興味を持ちながらも、これまで何も起こりはしなかったと嘆く人がいるのであれば、自分は彼女と同じ性質を持っているかもしれないと疑ってみましょう。
K様のような魂はですね、わたしのように、スピリチュアルなことしかしない(出来ない)生き方をそのまま受け入れて、わたしはそこに没頭するんだね!と気付けばいいだけなのです。わたしがここで勧めるわたしと同じような生き方が出来る(条件が与えられる)人はそうそういないことは了解しています。だって、スピリチュアルなことより現実を生きることに忙しいはずなのですから。
しかし、K様には条件が揃っている。彼女にはカウンセリングでこうもお伝えました。
家事をしたくなければ可能な限り手抜きをし、スピリチュアルなことに没頭すればいい。良い母親であろうとしてその抵抗感(そんなことよりもスピリチュアルなことをしたいという想い)に頭が痛くなるくらないならば、怪しいと思われるようなカルマの解消法であってもそれを熱心にしてみればいいと。
一見彼女のスピリチュアなことへの中毒はひどいように見えもしますが、いやいや、その取り組みの、なんと中途半端なこと! 浅い!ぬるい!気移り激しい!
現実的な生活を半分以上放棄して、”そうなったらおしまいでしょ~う”という生き方が、”どうしてもスピリチュアルなことばかりしながら生きたい!!”と願ったあなたの正しい生き方なのです。
それを、誰もが許される訳ではないし、それを批判されたり理解されないことなど当たり前と思わなくてはなりません。
どんなに抵抗しても、それをしなさいと言わんばかりにあなたは、スピリチュアルなことに没頭できる時間とそれを許してくれる家族に囲まれ、お金も用意されている!
何故その生き方を止めて、わざわざ現実的なことばかりに没頭しようとするのか。
あなた、あれほどスピリチュアルに生きたい!!わたしならそれを凄い力でやってのける!!って息巻いたではありませんか。
『でもでも、いくらやっても何の効果も出ないの、何の変化もないのよ!周りのあらゆるものが私を困らせ、私を苦しめる!こんなに努力しているのに!』
ってこの人たちは必ず言うんです。
はー???びっくりしますよね、あなたほんの三言くらいスピリチュアルなことをぼやいて、ほんの数日だけ、ほんの数か月だけスピリチュアルなことをして、『こんなにやっているのに何も起きない、やっぱりこれもダメなのね』って絶望的な顔して言うの。
はー???
あなたのそのご立派な執念、何のためにあるの?
落ち込み引きこもり悶々とするためにあるのではないのは確かです。
落ち込んでも引きこもっていもいいから、喜々として熱狂的に、そして執念深くスピリチュアルなことをやってちょうだいよ!!
あなたがそれをするって言ったから、あなたにその役目を任されてあるの。
一体何回言ったらわかるの??
一体何回あなたの執念深さやスピリチュアル好きや不思議を起こせる自分を信じてやまない能天気さを褒め称えたらやり続けてやり遂げてくださるの??
他のことは一切、一切、一生懸命しなくてもいいから、まず先にスピリチュアルなことだけ延々とやってくださいませよ。
延々とよ、一日のうち一時間くらいじゃあダメよ、あなたはまだ、存在しているだけではスピリチュアルなことをしているところまで到達していないから。
そういわれてすぐに落ち込む、特別じゃないのねってすねる、でも、あとちょっとなのよ、あなたは選らばれしものよっていうとつけあがって何もしなくなる。そのくせ魔法使いたがる。だからたちが悪い。
あとちょっとなのよ、執念でそれをし続ければ、必ずあなたは存在しているだけでスピリチュアルなことをしている状態になれるのよ。
って説教をね、わたしは彼女の魂に(関わってきた似たような魂にも)向けて、四六時中言っていますよ。
スピリチュアルな執念深さだったら負けないかんね。
さあ、彼女と同じ魂がここにもわんさか来ていますからね。K様のカルテはあなたのカルテ。どうぞ、ご堪能あれ。
今日も明日も苦悩するK様!それこそあなたのスピリチュアルな生き方よ!あなたの真実の姿が導くメッセージとカルテのご提供、心より感謝いたします。
霊視カルテ
≪魂の性質≫
貪欲な魂。野心家であり、冒険家です。
激しさを発揮させて突き進んだかと思えば、突如止まったままやる気を全く感じさせなくなる。あなたの方向転換は周りを大きく振り回します。これは自他ともに欠点と感じさせる性質ではありますが、この作戦により、あなたと関わる人たちは大きく動かされます。
自分が興味のあることだけに熱中し、その結果ついつい他を省みないようになってしまいます。しかし、それによっても双方の魂的学びを加速させてゆく、それがあなたの役割でもあるのです。
あなたの学び方、他への学びの与え方は、あなたが、外部からの評価や良い人と思われたい欲がないことを意味しています。嫌われ役になっても構わないから自分と自分が関わるものが学びを得られればそれで良いと思う強さを持っています。それがあなたの貪欲さ、野心、冒険心を支えているのです。
誤解を受け、理解されなくても、周りに構わず突き進むことも学びや浄化とし、とどまりイラつかせることも互いの学びであり目覚めとさせるのです。
一方、自分の激しさや冒険に満ちた生き方、人との関わり方に学びの仕掛けがあるとは自分ではなかなか気付かないため、自分で自分の学びを増す策略に上手く振り回され、多くの難題に本気でチャレンジしては魂を成長させることになります。
このように、あなたの魂が、魂の根源の奥底から感動し、歓喜し、踊り出したくなることは、自分が魂的に成長すること。それ以外のものは何も必要としていません。それ以外のことは人生においてする気はしないのです。自分が成長していると思う瞬間を感じ取ることこそが、あなたの生きる理由なのです。あなたが生きること、つまり魂の成長に関する貪欲さは、時に周りからは冷酷で自分勝手なあなたの一面とされるでしょう。
自分の魂的な成長に関してあなたは見境がなくなることがあります。魂の成長に対する暴走とも言えるでしょう。その暴走を可能にさせるのは、あなたの挑戦に対する勇気と集中力なのです。
あなたの才能は、異常と紙一重の執着心によって、自身の魂が感動を起こすために必要な何かを探し出す感知能力です。その何かを追求しては世の中にある真実や嘘をそこから感じ取り、あなたはそれを感じる作業を終えるとその執着心をなえさせ、次に突き進む新しい何かを探すまで退屈に鬱々として見せるのです。しかし、真のあなたは鬱々としてはおらず、いつも意欲的なのです。
あなたは魂の成長に関するビジネスに携わっているかのように、時に博打を打つかのように、誰も手を出さないような目新しい有望な“問題や試練”の買い時を待ちながら、策略と対策を練るのです。
あなたの強烈な執着心から魂の成長に必要な何かを見つけ出すアンテナは、あなたを必ず苦しめます。それは、自分が苦しめないような問題や試練では価値がないとあなた自身が判断しているからなのです。
≪魂のクセ≫
あなたの成長に対する貪欲さは、その激しさのあまり、自分の成長に対するほんの少しの感動と歓喜では満足しきれなくなるのです。それは自分が選ぶ苦難に対する中毒症状を招きます。
あなたは、自分が魂を成長させていることを深く感じているときは絶好調となり他を巻き込むほどのエネルギーを発して気付きを得てゆきますが、ひとたび自分の成長が止まっていると感じ、その抜け道を見つけられなくなると、ひどく不安定になるのです。それは他の学びになりもしますが、あなたが苦難から得られる学びの意味を全く感じ取れないことは、あなたが自他の魂の成長を阻止することを意味してしまうのです。
自分らしさを忘れてしまうと、自身の学びをより多く求め追求し、それに夢中になって他に見向きもしなかったことを忘れたかのように、あなたはいい人を演じようとし、自分のスランプの解決策をそこから見出そうとしてしまうのです。それは、自分が魂の学びの成果が出ずに焦っている時です。
自分で自分の成長を感じ取ることが出来ずに焦ると、あなたは他のために自分の本来の学びを一休みし、他のために自分の労力をかけることで、自分が感じる“不出来”を隠そうとするのです。
あなたの目下の学びは、あくまでも自身の気付きと成長であるため、そこから逃げるために周りを利用すると、周りは必ずあなたに非難を浴びせてしまうのです。あなたは自分の学びに集中するよう指摘され、周りに対する手助けをしようとしても、周りはあなたからの手助けを断ってしまうでしょう。
それらに対して敵意や非難をしてしまうのは構いませんが、あなたの魂はクセとして、自分の魂の成長を感じることが出来ないことに囚わってしまうのです。現実的には、自分が魂の成長を出来ていないのではなく、魂の成長を感じ取る考え方や冷静さを見失っていることが原因なのです。あなたは、どんな苦境にも魂を成長させていると感じ取らなくてはならないのです。その苦境をただの苦境だと思うことは、あなたが自分の仕事を放棄しているにすぎないと知らなくてはならないのです。
≪今世のテーマ≫
自分が、魂の成長を求めていることを認識したいか、したくないのか。それを認識すべきか、すべきではないか。あなたがここに囚わり始めれば、それはあなたの貴重な学びの時間を無駄に費やすことを意味します。つまり、自分は何を学びたくて、自分が抱えている学びにどんな意味があって、この状況は何を示唆しているのだろうか、ということに拘ることやその答えを明確にすることに、何ら意味はないことに気付かなくてはならないのです。
自分の野心を感じてください。あなたは何故そこまで自身の魂の成長にこだわり続けるのでしょうか。他人の学びまで横取りをして学びを得ようと手を挙げ続けているのは何故なのでしょう。あなたが知るべき事実はここなのです。
それは、あなたが、彷徨う魂を大きく導くことを目標としているからです。
その導き方は、優しく愛をもって見守り、気付きを与えるような生温い方法ではありません。あなたが求める導き方とは、強烈な個性とカリスマ性と絶対的な自信をオーラに持ち、それに誰にも太刀打ちできない経験と知識による説得力を付け加え、さらに感情に訴えかけるような魅惑に満ちた魂力によって他を惹きつけ、大きな影響を与えてゆく方法なのです。
少し極端で危険とも言える導き方ですが、あなたの魂は非常にせっかちなのです。効率よく導きを行えるためには、あなたは自身の魂にありとあらゆる経験をさせ魂に箔をつけ、早急に大勢を“救いたい”のです。
椋木和美
- 2015年02月20日 21:44 /
Comment(1)
みるきい
まだまだ移り気がときどき訪れ、数日後に気付きがおきる連続の日々です。
忘れてサボる日もあります。
そんなとき、末っ子に首を引っ張られて我に帰ります。
末っ子はなんでも知っていそうな顔をしています。
三日坊主を治し毎日続けるように努力します。