自分の闇から光を見つけ導き手となる
導き手となることを求め、時折そこにたどり着いたかのような光と穏やかさを感じながらも、ある時自分の闇を感じると、導き手となる自分の欲望や、それを求めるしか歩めない自分を忌々しく思い、落ち込み、けれども他の歩みを見出せないと嘆く魂たちと出逢います。そのような方にこそ、導き手として生きていただきたいのです。今感じている自分への忌々しさや一向に浄められないと感じる自身の未熟さから、わたしたちは必ず光を見つけようとするのです。諦められないのです。落ち込んだ後は、むしろ、やる気を起こすことができるでしょう。わたしたちは、どんなに惨めな生き方をしているときも、導き手として魂を磨き続けているのです。
このたびご紹介するお返事レターは、ご依頼者のハイヤーセルフが彼女に伝えたいこと。彼女が最も求めるメッセージであり、癒され前へ進むメッセージなのだそうです。しかし、ご依頼者は今はまだ、そうは感じられないかもしれません。時間をかけてメッセージを自分のものとし、ご提供のお返事をいただきました。自他への真摯な向き合い方に、このメッセージをどれほど吸収していただけたかを感じております。読むのがつらく何度も読み返すことが出来なくても、おそらくご依頼者はこのお返事レターをあらゆる感覚で感じ続けて下さったと思います。
スピリチュアルなメッセージに求めがちな、自分の信じたい自分の姿をより美しく伝えてもらうこと。
騙されてはなりません。あなたを満足させるメッセージと、あなたの魂の源を呼び覚ますメッセージとは意味が違うのです。あなたを褒め称えるメッセージを、信じてはならない時もあります。あなたの力がそこで終わるかもしれないからです。
あなたの可能性、あなたの役割、あなたを一番に知っているのは、あなた自身なのです。あなたの魂の源があなたへ放った言葉かどうか、それを感じ分けることが出来るのは、あなた自身です。あなたは誰の言葉に自分の魂の根源からのメッセージを読み取りますか?わたしたちは多くの力を借りながらも、孤独に誰の力も借りず、その言葉を見つけて歩みつづけます。
このお返事レターのメッセージは、気付けないご依頼者を叱っているのでも思い知らせているのでもなく、最も信頼のある人物から投げかけられる言葉のように、ご依頼者を真に愛で導く言葉として、えぐってほしい自分の未だとれぬ我欲や穢れた心を指摘してもらい、素早く浄めるためにあります。メッセージの発信元は、必ずご依頼者を導くという強く揺らがぬ導き手としての存在です。それがご依頼者自身の真の姿です。ご依頼者が導き手として役割を果たそうとするときは、きっとこのメッセージを発信している源と同じように導くでしょう。そして、それをご依頼者が行動に移した際に、決して自分自身を支配的で悪魔のような導き手と感じないようにこのメッセージはあるようです。
ご自身にとって苦しみをともなうメッセージを時間をかけ自身のものとしていただきご提供していただきましたことに深く感謝いたします。
和美
【ご質問】 非公開
【お返事レター】
浄化が始まったとしても、あなたは、 “整う場所”に真っ直ぐに向かうのではないことを知っていてください。
あなたが、“自分の魂”と、“自分と深く関わる魂”の発展や浄化を意識し始めた途端、あなたは浄化を加速しながら、自分の魂の本心を自分自身に知らせることになります。
あなたは、いま、自分自身の 魂の本質や本音に還ろうとする力に、強く引き寄せられ始めています。
あなたが浄化をスタートさせて起こしたことは、以下のような状況のことです。
あなたは、自分の魂を修正させる心がけを強く意識し始めたことで、自分自身を修正させる努力に突き進み続けることよりも、自分の本質に還りたいと魂が感じはじめてしまい、自分を曲げることが出来ない魂の本質や本音を自分自身に突き付けているのです。しかし、あなたは、その事実を自分の本音ではない偽りの気持ちではぐらかそうとしている。
まず、あなたの魂が持つワンマンさや意固地な面としっかりと向き合うことが、あなたの浄化で起きた“あなたの”魂の躍進方法の第一歩と考えてください。
偽りのあなたとは、全てが整わないのは自分のせいだと思ってもいないのに言葉にしていることです。その言葉の裏にある魂の本音は、【わたしは、本当は悪くもないのに、わたしが悪いという設定で進むしか方法が見当たらないので、これほどまで寛容に賢く在ろうとしている。しかし、何故お前たちはそれに感謝もせず、それどころか当然の顔をしては、また、わたしを困らせイライラさせる】。その想いは、あなたに【これ以上、わたしだけが誰にも感謝されずに変わっていってたまるか】という意地を内在させることになっています。
あなたは、とても丁寧に人と接し、言葉を選び、美しい表現で気持ちの良い対応を心がけています。
しかし、その裏に隠された魂の本音はこうです。【どうですか?わたしはあなた方に対してとても配慮出来る人間であり、賢い人間であり、あなた方はわたしを特別な存在と認め、美しい心の持ち主だ、賢く聡明だ、そう思うはず】。その思いを隠し持ち、そうしながら自分の賢さに過信をしてゆき、しかし、人々に自分の賢さを未だ見せられないと感じる自信のないことに関してはそれを隠そうとし、それを、自分より劣っている、または同等だと確信した人たちには、自分の未完成なところをみせ評価を得ようとします。ブログで自分が創り上げ表現したものをこっそり…というのも、褒めてくれる人にしか伝えたくはないのが本音かもしれません。それが間違いということではなく、それこそが、自分が求めた歩み方だからです。
結果的に、あなたは“自分勝手に”、“自己本位に”人々に配慮しながら、その一方では、配慮すべき人たちに不義理を働くことをしてしまう、信用をなくすようなことをしてしまう。しかし、その事実に気付かない、という結果を招いてしまうのです。そうして、不義理をしている人に対しても、これだけ配慮しているのに、ちっとも特別な配慮をされないと不機嫌さや怒りをとどめてしまう。そうした不機嫌さや怒りが、夫に向かって発散されてしまうのです。
今、あなたは、ある程度の浄化をクリアしていると思っています。いいえ、違います。今、あなたは浄化をスタートさせているのです。
その手始めとして、自分の本音や本質をもっと知らなくてはならないのです。
自分がふてぶてしい者と知る。
自分が細かいことを気にする無神経な者と知る。
自分が良い子ぶっている者だと知る。
自分は特別扱いをとてもされたい者だと知る。
あなたは、あなたの表面意識が認識しているように、感情をコントロー出来ない自分が嫌いなのではありません。自分を特別扱いしないでいる相手に怒りを感じているのです。ワンマンでふてぶてしいあなたの本心です。しかし、そのようなあなたの本心が間違いであり、修正すべきだということを言っているのではありません。そうではなく、あなたが自分の本心や本質に気付かないふりをしていることが大問題なのです。
もちろん、魂の本心本音を改善させて魂をより発展させる試みとしても、浄化は存在しています。しかし、すんなりとそれを改善することをあなたは選ばなかったということなのです。
だとすれば、あなたは、相手を傷つけたとしても、傷つけてまでも、ともに深く影響をしあい浄化をしたいのが本音だということなのです。この事実をどう受け止めて、これからの浄化の道を自分で創ってゆくのか。それがあなたの魂の自立への道です。
相手に依存してでも、ともに変革を遂げたい。それが、あなたが信じ、あなたが進みたい愛の道であるのなら、それを認め、その道を突き進むと決意するのです。もちろん、自分自身の本音を慈しみ、愛せたという喜びに満ちて。
あなたは自分を愛しているようです。だからこそ、自分にとっての大切な、自分自身が望む歩み方を変えることなど出来ないのです。他に愛を求める、それを、あなたの魂の生命をかけた作業だと思ってください。そうして、覚悟を決め、愛されるかどうか、自分が求める愛がそこに本当にあるのか、得られるのか、その大きな賭けとなる生き方を突き進むのです。
申し訳ないと言いながらも、特別にわたしはそれを許され、配慮をして欲しいと望むのがあなたなのです。自分が望むこの道も、あなたは特別扱いされながら歩みたいのです。
今から自分の本心本音を認めるのであれば、このことだけを理解してください。
自分が特別扱いされると確信した人たち(例えば家族やある種の仲間など)との間では、あなたは評価され大事にされる。けれども、好意を持ちながらも自分とは違うと感じ、特別扱いをされるか不安な人たちには、自分の本音を隠し、隠し事をしてしまい、結果的に自分を守るために相手に嘘をつき、不義理をしている訳ですから、そのような相手からあなたが特別扱いされ評価されることは難しいということ。
すべての人に評価され、愛される、その期待は“完全に”捨てなくてはなりません。
あなたに正しい道を歩みましょうと提案したのは、それをあなたが意識し試みることで、“あなたにとっての”正しい浄化の道を見つけるためです。あなたの魂の本音を聞き出したいからなのです。
あなたは欲張りなのです。あなたは常識的な自立に向かい生きるのではありません。
自分がわがままで欲張りだと認めてください。いいえ、あなたは今以上に持っていた、わがままで欲張りな自分を、もう減らしたくない、変えたくないというところまで整え、最低限の欲張りに絞り込んでいったのです。元々の自分からすれば欲望を抑えて良い子になっているのに、そんな頑張り屋の自分であっても、未だ自分をわがままで欲張りだと思う人が存在するという事実を、受け入れなくてはなりません。それが今からのあなたの仕事です。
趣味の世界をもっと充実させてゆけばよいのか、それとも、仕事を見つけて自分自身で収入を得る手立てを身につければいいのか?
そんなことはあなたも解っているはずです。嘘はいけません。
仕事を見つけて自分自身で収入を得る手立てを身につけるのは、自分が納得できる愛を確認すれば、その後言われなくてもそうしたいと思い動くでしょう。しかし、今は、求める愛を確認するのが先なのです。
趣味の世界をもっと充実させるべきか?才能はない、やめろと言われても、あなたはそれをやめないでしょう。その言葉は自分にとって意味がないと知っているからです。むしろ、趣味の世界を楽しむ環境を与えられるという神から特別に愛される自分を感じ、それに没頭したいはずです。
今のあなたにとっては、「今世で最も大きな自由を得る」ために、自分を納得させる愛を求めることが必要となるのです。
「これから今世で最も大きな自由を得る」道は、段階を経てゆきます。
「今世で最も大きな自由を得る」場所に到達するまでの道のりを歩みながら、その先に繋がる「今世で最も大きな自由を得る場所」が見えない場合もあるのです。
神から愛され特別扱いをされても、個々に必要とされる浄化の段階を端折ることだけは、出来ません。
まずは焦らず、段階を踏んでください。
椋木和美
- 2015年06月13日 22:52 /
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